3D映画のもたらす映画の未来

 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』の2D版を鑑賞した。
 3D版も同時公開されている。

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パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉 | Pirates of the Caribbean | ディズニー映画

 今回、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』の2D版を観ていくつかの問題点が見える。
 まず、今回の映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』は過去に3作制作されたシリーズの第4弾である。
 今回から主演はジョニー・ディップに絞られている。
 前3作ではオーランド・ブルームキーラ・ナイトレイの二人が共演している。


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 この二人は演技力の高い若手でそれぞれが単独で映画の主演を演じることができる。
 けれど今作では主人公はジョニー・ディップひとりに絞られている。
 ジョニー・ディップの過去の恋人としてスペイン人女優のペネロペ・クルスが登場する。
 以前の3作ではジョニー・ディップとオーランド・ブルームキーラ・ナイトレイをめぐって三角関係が描かれている。
 こうした点からもディズニー映画といえ、大人向けの演出がされいる。
 けれど今作では観客層を拡大するためか非常にあいまいな言い回しによる男女関係の会話がジョニー・ディップとペネロペ・クルスで交わされる。
 また今回「黒ひげ」という新しい悪役が登場する。
 しかし映画全編を通して「黒ひげ」がなぜ力を持っているのか良く分からないまま進行する。
 また「黒ひげ」キャラクターは視覚的にも恐ろしさを感じる部分がほとんど存在していない。
 前作までの強烈な悪役とその脅威を観客が認識し、その脅威にいかにジョニー・ディップ、オーランド・ブルームキーラ・ナイトレイが立ち向かっていくかが物語を引っ張っている。
 こうした前作までのこのシリーズを支えていた映画としての面白さを失っていることが分かる。
 また今回の映画は3D版がメインとなるため撮影方法や演出も3D向けとなっていることが分かる。
 アクションシーンは以前までのキレはない。
 これは激しいアクションシーンを3Dで観客が見ると画面に酔ってしまうからである。
 それも今回のように家族向けとなった場合、子供が観ても大丈夫なようにアクションシーンは非常に穏やかなものになっている。
 このためシリーズ作品としては4作目が前3作よりも退化しているように見える。
 不必要な角度で剣を向けるシーンの多くは3D版で効果的に立体感を出すためである。
 けれどこれは映画としては非常に間の抜けた構図となる。
 2Dによって洗練されてきた映画が3D技術の登場によって映画としての表現能力が低下することは本末転倒だと言える。
 こうした3D映画のもたらす映画表現の退化は観客が映画に飽きてしまう原因となる。
 もちろん映画の歴史では無声映画からトーキーとなり音声が吹かされている。
 モノクロ映画からカラー映画へと変化している。
 しかしこれらは人間の持つ視覚認識機能を大きく左右するものではなかった。
 無声映画時代は、音楽は楽団が奏で、セリフは日本では活弁士が代わりに行なった。
 モノクロ映画からカラー映画の変化も2Dで変わりなかった。
 これは代替技術として付加されていったに過ぎないのである。
 もちろん平面的な映像を立体的に再生したいと言う願望がなかったわけではない。
 けれど映画そのものが立体視を最初から映画に取り込もうとして発展していったわけではない。
 これは立体視のための代替手段を積極的に映画に取り入れようとはしてこなかったことからも分かる。
 もし今後、映画が3Dを前提に制作されるようになれば2Dで育まれた映画表現の素晴らしさは失われてしまう。
 これは3Dで映像を見る場合と2Dで映像を見る場合の人間の持つ認識能力の違いによって引き起こされる。
 映画を映画として今後も生き残らせるためにはあえて3Dを志向しない事である。
 ラジオはテレビの登場によって姿を消すと考えられたが現在も並存している。
 映画も2Dと3Dは並存していくことになる。
 けれど3Dには3Dに向いた映画があり、2Dと3Dがひとつの方法で演出、撮影されれば映画の持つ良さを失ってしまうことを理解すべきである。
 これは2Dが好きか3Dが好きかといった好みの問題ではないのである。
 絵画には絵画の、彫刻には彫刻の持つ良さがあることと同じようにまったく違うものとして使い分ける必要がある。
 ではなぜ、2Dと3Dがひとつの演出と撮影方法で可能だと考えて現在は映画が公開されているのだあろうか。
 ひとつの考え方としては、映画は「映像」を鑑賞するのではなく「物語」を追いかけることが中心と理解されているからである。
 この場合、「映像」は「物語」を理解するための補助輪でしかなく、それが2D、3Dによる違いは観客の好みによって分かれる程度にしか考えていないのである。
 けれど実際には映画は「映像」の力によって映画としての面白さを生み出している。
 もしこれが「物語」だけを理解すれば映画を観たことになるのであるならば、映画はその役割を「映像」に求める必要を失うことになる。
 映画から「映像」の持つ表現能力を奪ってしまえば、映画はもはや価値を失う。
 映画もテレビの登場によってその存在を危ぶまれたが、現在も並存している。
 さらにインターネット上の動画配信が可能となり、映画はインターネット上で提供されるものとなっている。
 映画はビデオの登場によって一般家庭で気楽に見ることのできる商品となった。 
 本来、映画は映画館で観るものであった。
 では映画館からビデオで見ることは映画館で映画を観ることと同じ体験なのであろうか。
 実際には大きく異なる体験である。
 けれど多くの観客は映画館とビデオを通してみる映画体験を同一視している。
 これはやはり先にも述べたように「映像」よりも「物語」を重視しているためである。
 「物語」を知ってしまえばその映画は見たことになる。
 このために映画は簡単にビデオで置き換えられることが可能であると考えられている。
 しかし本来の映画は映画館のスクリーンで上映されることに最適化された状態で撮影し、編集され、音声が付加される。
 こうした前提があるからこそ映画は映画館で公開されることが映画として認められる理由となる。
 もしこうした前提がなければ映画が映画として認められる理由が存在しないことになる。
 最初から映画館ではなくDVD、Blu-ray、インターネット配信などで映画を提供すればよいことになる。
 けれど現在でも映画館を経由しない映画は余程の理由がない限り映画としての認知度も、その価値も低くなる。
 映画が映画としての存在を誇示するためには映画館が必要である。
 アメリカの映画のアカデミー賞では対象になるための条件が決められている。
 この中にはアメリカ国内の映画館で何日以上連続して上映されている必要がある。
 もしこの条件に当てはまらなければアカデミー賞の対象にはならない。
 一方でカンヌ映画祭は映画館での上映期間や上映国の規定はほとんど存在しない。
 これは芸術作品として映画を捉えるフランスの考え方が反映している。
 芸術作品はその作品が価値を持ってさえいればその他の条件はほとんど関係ないと考えることができる。
 カンヌ映画祭では、フランス映画も他国の映画も同じに取り扱われる。
 審査員も国際的に評価の高い映画人が選出される。
 こうした違いはアメリカ映画とフランス映画の違いにも良く現れている。
 アメリカ映画は商業的な意味合いが強くなっている。
 一方でフランス映画は国から補助金が出る芸術として認められている。
 現在でもアメリカ映画以外で3D映画が制作されることはほとんどない状況である。
 これは技術的な問題やコストの問題があるとも言える。
 しかし実際には3D映画は客を呼ぶためのオプションに過ぎず映画本来の表現能力を上げる効果が薄いと認識されているからである。
 先にも述べたように3D映画では動きが速くなると観客の多くは映像に酔ってしまう。
 こうなると表現手段としての限界は制作側にあるのではなく観客の問題になる。
 人間の身体の限界を越えてまで観客は映画を見ようとするだろうか。
 2Dであれば映画の表現能力の限界はそれほど存在しない。
 けれど3Dの場合は表現能力を2Dに比べて抑えなければ鑑賞できなくなっている。
 これは単に技術的な問題ではなく、映画が今後も生き残ることができるかどうかの分岐点である。
 もし3D映画に執着するのであれば映画は表現としての面白さを失っていくことになる。
 面白さを失えば映画から観客は遠ざかりその役割を終えてしまうことになる。
 映画『ソーシャル・ネットワーク』は現在の映画表現の最高峰だと言える。
 この映画はデヴィッド・フィンチャー監督作品である。
 非常に先鋭的な映像作品を生み出すデヴィッド・フィンチャー監督は映画の可能性を最大限引き出そうと映画を制作する。
 研ぎ澄まされた「映像」と「物語」の調和が素晴らしい映画である。
 これこそが映画の目指すべき正しい方向性である。


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